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仙台高等裁判所秋田支部 昭和55年(う)81号 判決 1981年8月25日

被告人 澤井作藏

主文

本件控訴を棄却する。

当審の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人加藤堯及び同加賀谷殷連名作成の控訴趣意書記載(但し、控訴趣意書記載の第二の主張は、原判決が証拠能力のない中嶋春弥に対する贈賄被告事件の第二回公判調書((謄本、原判決は原本として記載しているがこれは誤記と認められる。))中の同人の供述部分及び同人の検察官に対する各供述調書((謄本))により原判示第一の事実を認定した点を訴訟手続の法令違反として主張し、右主張が理由がない場合に事実誤認の主張をする趣旨である旨釈明した。)のとおりであり、これに対する答弁は、検察官松崎康夫作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は、要するに、原判決が原判示第一の事実に対する証拠として挙示している中嶋春弥に対する贈賄被告事件の第二回公判調書(謄本)中の同人の供述部分は、刑訴法三二一条一項一号後段により採用された証拠であるが、同条一項一号の「裁判官の面前における供述を録取した書面」には、他事件において作成されたものは含まれないと解すべきであり、仮に他事件において作成されたものも含まれるとしても、そのうち宣誓をしないでしたその事件の被告人の供述を記載したものは含まれないと解すべきであるから、原判決挙示の右公判調書(謄本)には証拠能力はなく、次に、原判決が原判示第一の事実に対する証拠として挙示している中嶋春弥の検察官に対する各供述調書(謄本)は、同法三二一条一項一号後段により採用された証拠であるが、検察官は、同人に対する証人尋問の際、同人の証言と右各供述調書(謄本)中の供述の相違点を明らかにしなかつたため、被告人側は右相違点につき反対尋問をする必要がなかつたので、反対尋問をしなかつたところ、検察官は、後日右相違点を指摘して右各供述調書(謄本)の取調べを請求したのであつて、このような場合には右各供述調書(謄本)には証拠能力はないものと解すべきであり、仮に、右主張が理由がないとしても、右各供述調書(謄本)中の供述は同条一項二号後段の特信情況を欠き右各供述調書(謄本)には証拠能力がないから、原判決挙示の右各証拠により原判示第一の事実を認定した原判決には、訴訟手続の法令違反があり、その違反は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

しかしながら、刑訴法三二一条一項一号の「裁判官の面前における供述を録取した書面」とは、当該事件において作成されたものであると他事件において作成されたものであるとを問わないものと解すべきであることは、最高裁判所昭和二九年一一月一一日第一小法廷決定(刑集八巻一一号一八三四頁)の示すとおりであり、また、同条一項一号の書面が宣誓のうえなされた供述を録取した書面に限られるか否かについては、同条一項一号にいう「裁判官の面前における供述を録取した書面」を文字どおり解した場合、その中には、例えば、他事件の被告人の供述を録取した公判調書、他事件の被告人の勾留質問調書などのように宣誓をしないでなされた供述を録取した書面が多く存することが明らかであるのに、法文上同号に該当する書面は宣誓のうえなされた供述を録取した書面に限定されていないこと、同条一項一号と二号の各前段は、「裁判官の面前における供述を録取した書面」と「検察官の面前における供述を録取した書面」に対し同一要件のもとに証拠能力を与えているが、もし、一号の書面が宣誓のうえなされた供述を録取した書面に限られるとすると、「裁判官の面前における供述を録取した書面」が「検察官の面前における供述を録取した書面」に比し証拠能力の点でより厳格な要件を要求されることになつて明らかに不合理であり、同条一項一号後段の場合にのみ「裁判官の面前における供述を録取した書面」が宣誓のうえなされた供述を録取した書面に限られるものと解するとしても、その場合、裁判官の面前において宣誓をしないでした供述を録取した書面を同条一項二号の「検察官の面前における供述を録取した書面」に含ませるにはあまりにも法文に反するし、同条一項三号の書面に含ませると、「裁判官の面前における供述を録取した書面」が同条一項二号の「検察官の面前における供述を録取した書面」よりも厳格な証拠能力を要求されることになつて不合理であること、我が国では宣誓のもつ効果はあまり期待できないのが実情であるから、裁判官の面前における供述の信用性の情況保障は、公正な裁判官の面前で供述がなされたことのみによつて認めても不合理とはいえないことなどの諸事情を考慮すると、同条一項一号の書面は、宣誓のうえなされた供述を録取した書面に限らず、宣誓をしないでなされた供述を録取した書面をも含むものと解するのが相当であり、次に、同条一項二号後段は、その所定の要件がある場合には、検察官面前調書に録取された供述について反対尋問の機会を与えなくてもその書面に証拠能力を与える趣旨の規定であつて、憲法三七条二項に違反しないことは、最高裁判所昭和三〇年一一月二九日第三小法廷判決(刑集九巻一二号二五二四頁)の趣旨に照らして明らかであるから、本件においても前記中嶋春弥の検察官に対する各供述調書(謄本)中の供述について反対尋問の機会を与えないで右各供述調書(謄本)を証拠としても違法ではなく、しかも、本件においては、刑訴法二九九条による右各供述調書の閲覧の機会が被告人側に与えられていたものと認められるから、同人に対する証人尋問の際右各供述調書(謄本)中の供述についても被告人側に反対尋問の機会は与えられていたのであり、さらに、同人に対する証人尋問の際には、同人の証言と右各供述調書(謄本)中の供述の相違点の重要なものについては、検察官の主尋問において明らかにされているほか、弁護人の尋問でも明らかにされてその信ぴよう性についての尋問がなされており、後記事実誤認の主張に対する判断中で右各供述調書(謄本)中の供述の信用性について説示した諸事情によれば、右各供述調書(謄本)中の供述には特信情況も認められるから、右各供述調書(謄本)の証拠能力が否定されるいわれはない。

以上の理由によれば、原判決には所論のような訴訟手続の法令違反は存しないものといわなければならないから、論旨は理由がない。

控訴趣意中原判示第一の事実に関する事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原判示中嶋春弥は、しいたけのほだ木置場として古河林業株式会社所有の土地を使用していたところ、その土地が同会社の社員に払い下げられたため永続的に使用することができなくなつたので、同会社所有の他の土地を永続的に使用できるように同会社本社に陳情してもらいたい旨被告人に依頼し、被告人が右陳情のため同会社本社に赴く費用などとして原判示第一の現金二〇万円を被告人に供与したのであり、被告人もその旨認識してこれを受け取つたのが真相であるから、これに反する事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、関係証拠に基づいて検討するのに、なるほど、中嶋春弥は、原審公判廷において、原判示第一の現金は所論の趣旨で供与したものである旨証言しているが、捜査段階においては、自宅隣地の右古河林業株式会社所有地をしいたけのほだ木置場として使用していたところ、その土地を他人が買い受けることになり、同会社から返還を求められたため、昭和五三年五月上旬、その土地を暫定的に使用できるように同会社に交渉することを被告人に依頼し、被告人の交渉により同会社の承諾を得られたので、そのことに対する謝礼の趣旨と原判示の趣旨の両趣旨で原判示第一の現金を被告人に供与した旨の供述を一時していたのであつて、同人の原審公判廷における右証言が真実ならば、捜査段階においても、原判示現金を所論の趣旨と原判示の趣旨の両趣旨で供与した旨供述するはずであるのに、そのような供述をしていないのは不自然であること、もし、同人が原判示第一の現金を所論の趣旨で被告人に供与したのが真実ならば、被告人が同人の依頼に従つて交渉をしたかどうか及びその結果について被告人から連絡があるはずであるし、同人も被告人に確かめるはずであるのに、同人は、原審公判廷における右証言の際、被告人からの連絡もないし被告人に確かめることもしていない旨証言し、しかも、検察官から、「証人は土地のことで金をやつたというのに、その結果を確かめないのはおかしいではありませんか。」と尋問されたのに対し、黙して答えていないのは不自然であること、前記会社阿仁林業所長尾暮信弘は、原審公判廷において、昭和五四年九月二〇日ころ東京の本社に出張した際、昭和五三年七月初めころ被告人が前記会社の本社に来て所論のような中嶋の依頼事項について交渉したことをはじめて聞知した旨証言しており、昭和四二年七月から昭和五四年六月まで前記会社の専務取締役でその後前記会社の相談役となつた稲垣稔は、当審公判廷において、昭和五三年七月上旬被告人が本社に来て所論のような中嶋の依頼事項について交渉した旨証言しており、被告人自身も、原審公判廷において、昭和五三年七月中旬ころ中嶋から依頼された所論の用件のみで前記会社の本社に赴いた旨供述しているが、尾暮は、原判示阿仁町に常駐している前記会社の社員であつて、地元の町長である被告人と接触する機会があり、かつ、二、三か月毎に本社に赴いていたのに、被告人が右要件で本社に行つたことを事前に被告人から聞かず、事後においても長期間被告人及び本社から知らされていなかつたのは不自然と思われること、右稲垣の証言によれば、被告人が来社した際同人と社長が被告人に会い、「承つておきます。」と答えたまま昭和五五年二月初めころまでの間被告人から何ら問合せもなく、そのころになつて被告人が再度本社に交渉に来たが、その際も確答をせず、前同様の返答をした、というのであつて、右証言内容自体はなはだ不自然であること、当審で取り調べた使用貸借契約書には、昭和五五年一一月一一日中嶋に対し前記会社所有地三、二二三平方メートルをほだ木置場用地として三年間使用させる旨の契約が成立した旨の記載があるが、右稲垣の当審公判廷における証言によれば、昭和五三年七月上旬被告人から前記依頼をされた当時前記会社としては原判示阿仁町の町民にその所有地を貸さない方針であつたため被告人の依頼につき検討もせず、昭和五五年二月初めころ被告人から再度依頼があつた際にも同様であつた、というのであり、右証言が真実ならば、同年一一月に至り事情の変更もないのに右のような使用貸借契約が締結されること自体不自然と思われること、右稲垣及び尾暮は被告人に不利な証言をしにくい立場にあること、被告人の前記供述は前記会社の本社に赴いた際の宿泊場所などにつきあいまいであるのみならず、被告人は右本社に赴いたことを捜査段階で全く供述しておらず、右稲垣及び尾暮は、被告人は右用件のみで来社したのではなく、別の用件と兼ねて来社した旨被告人の前記供述と反する証言をしていることなどの諸事情に徴すると、所論にそう右両名の前記証言及び被告人の前記供述は信用し難いこと、中嶋は、昭和五四年八月二九日朝大館警察署に任意同行され、その日の夕方逮捕される前に原判示第一の現金を原判示趣旨で被告人に供与したことを自白しており、同年九月三日弁護人と面接した後一時否認したが、その後自白を続け、同人に対する贈賄被告事件の公判廷においても、原判示第一の現金は原判示趣旨と所論の趣旨との両趣旨により供与した旨自白しており、同意書面として取り調べられた同人の司法警察員に対する同年八月三一日付及び同年九月三日付各供述調書(謄本)中においても、捜査段階の当初自白したのは所論の理由によるのではなく自己の良心に基づく旨供述していること、同人は、捜査段階の当初においては、原判示第一の現金は、前記の如く昭和五三年五月上旬使用中の前記会社の土地の返還を求められさらに暫定的に使用することができるよう被告人に交渉を依頼した謝礼の趣旨と原判示の趣旨の両趣旨で供与した旨供述し、昭和五四年九月六日の検察官の取調べ以後は、右現金は原判示趣旨のみで供与した旨明確に供述を変えているところ、同人が被告人に依頼した右ほだ木置場の件は数日後に被告人の交渉により前記会社の承諾が得られ、同人は直ちに被告人に対し謝礼としてしいたけなどを贈つていたことが証拠上認められるから、本件の際さらに右ほだ木置場の件に対する謝礼の趣旨を含めて原判示第一の現金を供与するのは不自然であること、同人は、前記贈賄被告事件の第二回公判調書(謄本)中において、検察官の取調べの際には検察官から「途中でもよいからおかしいところがあればいつでもいいなさい。」といわれたことを認めていること、同人の原審における証言当時同人の長男仁志は依然として原判示阿仁町役場に勤務していたのであり、被告人はその任免権者であつたのであるから、中嶋が被告人の面前で被告人に不利な証言をすることは期待し難いことなどの諸事情を総合して考察すると、原判決挙示の中嶋の検察官に対する各供述調書(謄本)中の供述のうち原判示第一の現金を原判示趣旨で供与した旨の供述部分は十分信用し得るのに対し、右各供述調書(謄本)中の供述のうち右ほだ木置場の件に対する謝礼の趣旨で右現金を供与した旨の供述部分及び所論にそう同人の原審公判廷における証言は信用し難く、信用し得る同人の右供述によれば、原判示第一の現金は原判示の趣旨で供与されたものと認めるほかはなく、そうすると、原判決が原判示第一の事実に対する証拠として挙示している被告人の捜査官に対する各供述調書中の原判示事実にそう供述部分も信用するほかはなく、右供述によれば、被告人も右趣旨を認識して原判示第一の現金を受け取つたものと認めざるを得ないから、原判決には所論のような事実の誤認は存しないものといわなければならない。本論旨も理由がない。

控訴趣意中原判示第二の事実に関する事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原判示吉田要蔵は、松橋勝幸またはその妻洋子から同女が原判示阿仁町立大阿仁保育所の保母として採用されるよう被告人に口添えしてもらいたい旨依頼されるや、これを利用して日ごろ被告人に対し重ねていた不義理を解消しようと思い立ち、右勝幸に六〇万円の現金を用意させ、これを被告人に提供して原判示請託をし、被告人から受領を拒絶されたにもかかわらず、その受領を懇請したので、被告人は、勝幸の姉静江の宅地を国道バイパス用地として買収した際静江の代理人として交渉に当たつた右吉田及び右静江に対し身銭一〇〇万円を渡して(吉田に三〇万円、静江に七〇万円)買収を承諾させたことを想起し、右金員の一部を返してもらう趣旨ならば右六〇万円を受領してもよい旨申し向け、右吉田の承諾を得て右六〇万円の現金を受領したのであるから、原判示趣旨で右六〇万円を受領した旨の事実を認定した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、検討するのに、被告人は公判段階においては、所論の趣旨で原判示現金六〇万円を受け取つた旨供述し、捜査段階においても、収賄の口実としてではあるが所論の趣旨で右現金を受け取つた旨供述しているが、他方、吉田要蔵が真実を曲げてまで被告人を罪に陥れるほどの恨みを被告人に抱いているとは認められないのに、同人は、捜査段階においても公判段階においても、自己の供述が被告人の供述に反することを知りながら原判示事実にそう供述を続け、殊に、原審公判廷では、被告人の面前において右供述をしており、その供述内容に照らしてみてもその供述が虚偽であるとは考えられないこと、所論は、同人は、本件の二、三日後原判示阿仁町役場で被告人と会つた際、被告人の申出により原判示現金供与の趣旨を所論の趣旨に変更した旨原審公判廷で証言しているが、本件の数日後に右現金供与の趣旨を変更しなければならない客観的事情が生じたとは認められないから、同人の右証言は虚偽である旨主張するが、同人は、原審公判廷において、本件の数日後原判示阿仁町役場の職員通用門で被告人に会つた際、被告人から「何だつてあんなに持つて来た。」といわれたので、「ほんの気持だから。」と答え、そのあと被告人が何かいいかけたが内容はよくわからなかつた旨証言しており、所論の如くその際原判示現金供与の趣旨が変更されたことは認められず、かえつて、同人は、原審公判廷において、原判示松橋洋子が保育所に入つてから何日か経つた後被告人の家に赴いた際、被告人から「あの金はバイパスの件でやつた金にふり向けるから。」といわれた旨証言しており、右洋子が保母として採用されたのが昭和五四年四月二日であること、同月四日付の秋田魁新報の投書欄に原判示阿仁町職員の採用に疑問がある旨の記事が掲載されたこと、及び右新聞記事が掲載された数日後、右洋子の夫勝幸が同町役場に赴いた際、被告人が同人を町長室に呼び入れ、「新聞みたか。あれおめの母さんからは金もらつて入れたのではないから安心しろ。あのぜんこはおめの姉さんの移転のとき俺が自腹切つて出したぜんこだからありやあ俺のぜんこだ。」と申し向けたことをも考慮すると、被告人は右新聞記事が掲載されたため本件犯行につき罪証隠滅を図ろうと考え、吉田に対し、「あの金はバイパスの件でやつた金にふり向けるから。」と申し向けたものと推認するのが合理的であること、所論は、吉田は、原判示現金供与の趣旨を勝手に所論のように変更すると横領になる旨警察でいわれたりしたことから、右現金供与の趣旨が原判示のとおりである旨虚偽の供述を続けているものと考えられる旨主張するが、同人は、原審公判廷において、所論のようなことを警察でいわれたのではなく、自分の方からいつたのであり、「松橋から就職の件で六〇万円受け取り町長に持つて行き、町長に渡すときに別の方に振り向けることは自分に責任があることになる。」といつた旨証言しており、右証言によれば、同人は警察において右現金供与の趣旨を変更したことを否定するため右のように供述したものと推認するのが相当であること、被告人は、原判示大阿仁保育所の保母を採用するに際し、同保育所長佐原正四郎及び原判示阿仁町福祉課長から秋田県の指導に基づき有資格者を採用するように進言されていたにもかかわらず、同人らの反対を押し切つて保母資格のない右松橋洋子を代用保母として採用しており、原判示現金供与が所論の趣旨のみでなされたとするなら被告人が右のような行為に出るはずはないこと、被告人は、昭和五三年九月初めころ吉田要蔵が前記松橋洋子を保育所の保母として採用されたい旨依頼し、その謝礼として置いて行つた現金三〇万円を後日松橋勝幸に返したことがあつたが、被告人の捜査官に対する供述調書によれば、それは、保母の空席がなく採用できる当てがなかつたためであり収賄罪を犯すのを避けるためとは認められないこと、被告人が本件の際真実収賄罪を犯すのを避けるため原判示現金受領の趣旨を所論の趣旨に変えたとするならば、被告人が捜査段階において述べているように、領収書を作成するなどしてそのことを明らかにしておくはずであるのにそのようなことをしていないこと、被告人が捜査段階で述べているように、前記バイパスの用地買収の際には前記松橋静江との間に六年間も買収価格の折合いがつかず、やむなく被告人が自腹を切つて一〇〇万円を出しようやく解決した有様であつたので、被告人は、本件の際前記松橋静江は欲の深い人間であつて被告人が渡した七〇万円を返すはずはないと考えていたものと認められ、この事実からも、被告人が本件の際原判示現金供与の趣旨を所論の趣旨に変えさせたとは考えられないことなどの諸事情に徴すると、原判示認定事実にそう吉田の原審公判廷における証言は十分信用し得るのに対し、所論にそう被告人の公判段階における供述及び被告人の捜査段階における供述中所論にそう部分は信用し難く、吉田の右証言等原判決挙示の関係証拠によれば、原判示現金は原判示の趣旨で供与され、被告人もその趣旨を知つてこれを受領したものと認めるほかはないから、原判決には所論のような事実の誤認は存しないものといわなければならない。本論旨も理由がない。

よつて、本件控訴は理由がないから、刑訴法三九六条によりこれを棄却し、当審の訴訟費用は同法一八一条一項本文により被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 角敬 武田多喜子 山本武久)

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